木曜日, 4月 22

南北対立がネックのチャド

宗教に絡む根深い南北対立で経済成長はおろか政情不安が続く中部アフリカの国「チャド(チャド共和国)」。面積128.4万平方キロメートルとほぼ日本の3.4倍という国土をもつ。人口1,548 万人(2018年,世銀)。首都はンジャメナで同国東部、カメルーンとの国境近くの都市です。サラ族,チャド・アラブ族,マヨ・ケビ族,カネム・ボルヌ族等が住み、フランス語とアラビア語を公用語とし、ほか部族語130以上を数える多言語国家。北部のイスラム教が52%,南部のキリスト教が44%とほぼ拮抗しており、これが南北対立の根深さを物語ります。16世紀ボルヌー王国として栄え、1910年フランス領赤道アフリカ・チャド州として、1960年フランスから独立。1962年トンバルバイ大統領就任となりましたが、南部キリスト教勢力中心の政府に北部イスラム教勢力が猛反発,南北対立の顕在化が始まってしまいました。1975年クーデター勃発で,最高軍事評議会(議長マルーム将軍)が発足。1978年マルーム将軍とハブレ反政府組織FROLINAT(チャド民族解放戦線)代表が統一政府を樹立し、マルーム大統領が就任。翌1979年統一政府が崩壊しウェディ議長の暫定国家評議会が発足。同年4月シャワ暫定国民連合政府大統領就任。11月にはウェディ暫定国民連合政府大統領就任。1980年リビアが内戦に介入するも、翌年には撤退し,OAU(アフリカ統一機構)平和維持軍派遣となりました。1982年ハブレ率いるFAN(北部軍隊)が首都を制圧,臨時国家評議会が発足。1982年ハブレ大統領が就任し、翌1983年リビア地上正規軍が反政府勢力支援のため介入。1987年OAU調停によるチャド・リビア停戦協定締結され、1990年デビー・イトゥノ元軍司令官率いる勢力が首都を制圧して,国家評議会を組織。翌1991年国民憲章が採択され、デビー・イトゥノが大統領に就任。以降1996年複数政党制移行の下,デビー・イトゥノ大統領再選が続き、2016年の6選を果たしています。2018年には新憲法が発布され、首相職廃止,大統領任期5年,大統領再選回数1回という制限条項が盛り込まれ現在に至っています。