土曜日, 9月 19

民主化支援できない中国のジレンマ

中国のアフリカへの急接近は、今に始まったことではなく、遡ること1995年の当時国家主席江沢民の頃からと言われています。また、中国のアフリカ諸国との関係は、他先進国が行っていた関係とは少し違っているとよく言われています。どういうことかと言えば、他先進諸国の対アフリカの関係は何か人道上等の問題が発生すると援助打ち切りというような対応がされていたのに対し、中国は内政不干渉を柱とした援助が行われ、人権侵害等の問題が起こっても援助や投資には影響されないという事だったようです。通常であれば外交スタンスとして通らないようなことを行う中国に対し、逆に先進諸国からのバッシング対象にもなったと言われています。例えばスーダンのダルフィール紛争で起こった大量虐殺の首謀者と言われる同国バシール大統領への中国の支援疑惑がささやかれた際は、一時北京オリンピックへのボイコット騒ぎにまで発展したことは記憶に新しいことでしょう。このような中国の対アフリカへの急接近も常に順調だったわけではありません。それは中国という自国に起因する一党独裁体制に絡むことで、アフリカ諸国の民主化への支援後押しが積極的に行えないという痛しかゆしの事情が絡んでおり、いかにアフリカ諸国が情勢不安定であっても、民主化促進を支援できないため援助等を継続していかざるを得ないという事情も見え隠れしています。そのような事情が表面化した事件として、2007年でのエチオピア武装勢力による中国企業が支援する石油開発現場での自国労働者含む大量殺害事件や、同じようなアルジェリアの武装勢力が新疆ウルグアイ地区でのムスリム弾圧を理由とした中国への報復宣言、2011年リビアのカダフィ政権への関与を理由にした多くの中国企業への襲撃事件など枚挙にいとまのないほどです。ところがこれらの事件発生には他にも根深い原因が潜んでいたのです。